カモシカロングトレイル

スピードハイク・ランニング・登山・キャンプ・山遊び。書き捨て御免。

栗城史多という登山家はいったいなんだったのか〜デス・ゾーンを読んで

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今更ながら、故・栗城史多氏の活躍の裏側を描いた、デスゾーンを読みました。

 

 

〜彼には誰にも言えない秘密が合った〜

 

という煽り文句は良く出来ていて、広告を目にしたとき、私も読んでみたくなったのです。

 

しかしながら急速に興味を無くしていき、また忙しさも有って、いつか読むリストに入ったまま置き去りになる本の一つになりました。

 

それがひょんなことから・・・・たまたま娘の本を借りに図書館に行ったら、目に入ったので手に取って、そのまま借りてみました。

 

これがなかなか面白かったので、今回ブログに残すことにしたいと思います。

ただし、かなりナナメ読みで読み進めたので内容に誤りがあったら謝ります。

 

まず、この著者。

これだけ生前に栗城君で稼いでおいて、よく死後も好き勝手ブログに書いて、更にこんな本まで出してお金稼げるなあ、と思う。

このコト一つ取っても、栗城君が周りにとってオイシイ人物だった事は間違いない。

 

と、まあこれくらいの嫌味は言ってもいいでしょう。

著者もそれくらい言ってもらったほうが気が楽だと思う。

 

ん?あwwwww誤りが有ったら謝りますwwwwwいやwwwwダジャレ言ってもうたわwwwwwあかん腹痛いwwwwうますぎるwww

 

 

 

 

とはいえ、この本を読んで、私の中での固定された栗城評である「実力のないお調子者の嘘つき」という見方が変わりました。

この本を読んだ後・・・今は尊敬さえしています。

そういう意味で、著者は栗城君の名誉回復に寄与したと思うし、栗城君も喜んでいるかもしれないですね。

 

栗城史多とはどういう人間だったのか

この本には栗城君の会話が生生しく描かれています。

そんな中で私が特に気になったのが、巧妙な話し方です。

 

例えば会話の中で相手が知らないような実在のマニアックな人物(登山家)の名前を挙げたり。

都合の悪いことは上手に曖昧に返答し、嘘は極力つかないようにしたり。

話の展開も面白く、人懐っこい感じで、時折、わざと戯けた、自分を貶める話もする。

とにかくコミュニケーション能力は恐ろしく高い上に、行動力も非常に高く、粘り強いのです。

私は一時期、起業家だとかインチキベンチャー経営者とか、そういう胡散臭い人間たちとけっこうな数、うすーく付き合ったことがありますが、その中でも数少ない、成功していく人間とかなり近い雰囲気を感じるエピソードばかりです。

思うに、彼は明らかに何か大きなことを成し遂げるタイプの人間なんだと思います。

映像を見ていても、ただものじゃないオーラを持っている様に感じますし。

外連味は強いが、それを可愛げで覆い隠せる。海千山千の大人たちに買われるほどの人間。

やはり一廉の男だったんだろうな、と思います。

栗城史多は何故山に登ったのか

栗城君が山に登った理由は唯一つ、社会で成功する為だと思います。

実力から考えたら不可能と思われたマッキンリーを成功させた頃、鬱屈としていた彼は「これだ!」と思ったのかも知れない。

だとしたら、そんなに早くビジョンを描いていたとしたら、相当な決断力と判断力です。

また、彼は貪欲に人と金を集めるノウハウを身につけているし、そういう人たちと付き合っています。

 

そして、彼には企画家、演習家、営業、演者、としての才能に溢れていて・・・その結果、彼は「栗城劇場」を考えついたのだと思う。

お金を募って山に登り、山に登ったら講演で儲かる。

それを繰り返せば成功の階段を登り続けられる。

 

多くの登山家にとっては山の成功こそ目的だと思うが、彼の成功はあくまで社会的な成功なんだ、と思いました。

 

栗城史多は何故山で指を失い、山で死んだのか

栗城君が指を失ったとき、一般社会的にはそれでも挑む姿に同情と称賛があつまり。

ネット上では「グローブを外してスマホをいじっていたからだ」と勘繰られ、嘲笑の的となりました。

 

しかしそれもどうやら事実とは違う様で、実際にその指を見た複数の人間から、「自分で指を雪に突っ込んだのでは?」という推測が語られています。

 

それが本当なら(本当だと思うが)、やはり「凍傷になるほど厳しいトライの後に撤退した」というストーリーが欲しかったのでしょう。

最初のエベレストへのトライ時の「今回は登られなくても良い、その方がドラマティック」という本人の話からも容易に推測が出来る。

ただ、まさか切り落とす事になるとは思わなかっただろうけど。

 

そして。

彼は何故最後に100%不可能な南西壁を選び、しかも危険な夜中に撤退をしたのか。

これは(も)推測ですが、「世界中の登山家が恐れるルートに果敢に挑戦し、かなり良いところまで行ったが撤退」というストーリーが欲しかったのかもしれない。

昼間では人目があるから、「○○まで行った」という嘘は付けない。夜中でなければ。

 

そして、ある人が語っているように、彼はこれで最後にするつもりだったのかも知れないですね。

栗木劇場の次の展開も見えていたでしょう。

指を失い、難関の南西壁元登山家として講演をし、テレビに出て、本を書き、YOUTUBEでも活躍。

彼ならやってのけたと思うし、一生食べるには困らなかったでしょう。

 

栗城劇場とは

 

彼ばかり嘲笑される、彼ばかり批判され過ぎているな、というのは以前から思っていました。

昔から登山家の経歴や登山記録なんて嘘や誇張、誤魔化しがたくさんあるそうですし。

ほら、皆さんのよく目にするアルピニストも、実際は大した山なんてやってないんです。

 

講演が大盛況のあの先生も、末期癌になって余命宣告されてからいつまで生き続けるのでしょうか。

 

マナー講師さん、○○しぐさ?そんなのでっち上げないで下さい。

 

講演で食べている人なんて、だいたいが誇張に誇張を重ねて、身動きが取れなくなって消えていっているんじゃないですか??

 

そんな中、すくなくとも彼はそのゲームに自分の命をベットしていた。

誇張や多少の嘘は有りますが。

 

少なくとも、「ニートの登山家」や「元引きこもりのアルピニスト」などと銘打って彼を扱って儲けていた人たちが彼を嘘つき呼ばわりは出来ないでしょう。

 

最後に

長くなりましたが(ここまで2500文字30分足らずで書いてます凄くないですか?凄いです褒めて下さい)。

こういう適当なタッチの文章なら際限なく書けちゃう。ウルトラマラソンで100キロとか走る人と同じ感覚で書けちゃう。

 

えええと、最後に。

彼が求めていたのは成功。

しかしそれはお金じゃない。

彼は何も持っていない状態から成功して、気付いたら何を成功として求めていたのかが分からなくなってしまったんじゃないでしょうか。

 

彼はきっと、自分が企画したイベントや商品が売れる事、それ自体が楽しいんです。

そんな人だったのでは。

 

皆を楽しませる事もそうだけど、そのアイデアを考える事自体が楽しいんですよ。

私の尊敬して止まないナスDと似た性質を持っている気がします。

 

あの世でもきっと面白い事を考えていると思いますね、彼なら。

 

そんな彼ですが、おそらく山に魅了されていたのは本当だと思います。

ただ、その山。山に必要な努力に掛ける時間をとるのは、すでに社会に引っ張りだこな彼の別の才能が許さなかった。

 

そういう事なんだろうな、と、私は栗城劇場を咀嚼しました。

おしまい。